あらぬものへのまなざし


私の眼はいつも“あらぬもの”を

見ようとしてきたように思える。

これまでタブローやレリーフや彫刻などと、

さまざまな手段を使ってきたが、

いずれもかたちをつくることが主眼になる限り、

あらぬものは確実にとらえ得ない。

だから、いまつくっているのは、

彫刻というよりも媒体とでもよぶべきで、

それを見るまなざしが透明や半透明や、

反射や、屈折を起こしている表相と

まじり合うときにふっと何かが出現する、

そんなものを探しているのであるが・・・・・・。


宮脇愛子

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